ガヂヲが文

思考日記のようなものです。

ブラックダイヤモンドと東京ガールズコレクションと、ハロウィンとセルフ祭と白いTシャツと好き勝手新聞のファッション

昔、12歳のフランス人の女の子が「ガングロ」を「大人の社会に対して反抗的でかっこいい」と評価した話を聞いてハッとさせられた。
当時、みんな一緒感や流行が嫌いという理由で「ガングロ」をめちゃくちゃ低く評価していた。


メイクやルーズソックスなど西洋とかの真似じゃなく、日本独自に進化した現象は確実に新しい流れで、ぱっと見一般人からしたら同じに見えたとしても、その中のオリジナリティを発見しようとしなかった自分に幻滅した。

 

ハイファッションの定義が自分の中で曖昧なんだけど、無表情だらけのハイファッションが主流の中、笑顔バキバキのハイファッション写真はきっと日本らしいから開拓したい気持ちがどこかにあったんだけど、もうすでにやられてたんじゃね?感。
ガングロ文化を受け継いで進化したのがブラックダイヤモンドっていう団体だと思うけど、海外でも活躍してるし、めちゃくちゃ自由で個性的でなんかかっこいい。

ブラックダイヤモンド

もっといろんな写真見たくなるし、撮りたい。

 

その服ダサいだとか、不快だとか、規則だとか、もう◯歳なんだからとか言って。着たくない服を着させようとする人が多すぎる。
それゆえ着たい服を着れてない人も結構いると思し、そもそもおしゃれしたい欲求がいつの間にか削られてるような気がする。
子供の頃のシャネルみたいに、着ている服を馬鹿にされ続けても平気な人は少数すぎる。
個性や感情や自由や思い出は守った方がいいに決まっている。


東京ガールズコレクションには従来のファッションショーとの違いに全力笑顔っていうのがあって、それもいいんだけど、音楽のライブのようにしたところが面白い。
仕掛け人の発想力は素晴らしいと思う。
めちゃくちゃ奇抜な衣装を着ているわけじゃないのに会場がめちゃくちゃ盛り上がってるのが面白い。

 

ファッションとカオスの欲求という意味では渋谷のハロウィンの現象にも通ずるところがある。
演劇の方とお話した時に「写真は本当のようで嘘がある。芝居は嘘のようで本当がある。」っていう話になった。
ハロウィンを輸入して、ハロウィンに関係ないコスプレをする行為には他人を演じる芝居と何か一緒な気がして、嘘の服から解放される現象という意味で凄く肯定的に最近になって思ってる。
逆に最近のハロウィンに否定的だった自分自身が着たい服を着させようとしてない側だった事に気づいてしまって反省しまくっている。
流行から遅れてる人に思われたくないために流行追いかけることはアイデンティティ喪失の弊害に繋がると思ってるけど、これは流行なのに自己発見的な要素があって面白い。

 

その究極的な要素を持っているのがセルフ祭だと思う。
ある意味世界のファッションの最先端。

 

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写真はセルフ祭
もっと見たい方はこちら

ガヂヲの部屋 GADIWO'S ROOM 가지오 방 祭 2016

それらの要素を日常レベルでやっているのがブラックダイヤモンドなのかも。

 

自分はよく「いつも無地の白いTシャツですね」とよく言われる。

実はシャツだけじゃなく、
靴は同じ種類のやつをずっと履いていて、今のは7代目ぐらい。
靴下も同じ種類。
ズボンは基本ジーパン。
パーカーは無地で5色ある。
なので、ほぼ毎日同じスタイル。
自分はこれでいい。
文句言われても変えてない(けど、一回遊びでガングロやりたくなってる)。

 

原発が爆発して、いつまた爆発して帰宅困難になるかもしれないんだけど、やっぱり着たくないスーツは着るもんだ、という以前からの価値観にしばられちゃってるけど、好き勝手新聞という群馬の新聞があって、スーツを燃やして焚き火をしようっていう企画が凄く面白そうだったし、少しずつ自由な変化の兆しを感じる(企画のテーマは就活だと思うけど)。
好き勝手新聞リンク

 

戦争やろうとしていて、 SEALDsが意図しない形で抗議の現場で抵抗のための新しいファッション感覚をある程度変えた。

巨大な問題を抱える中、神経質なクレームや炎上に怯えなきゃいけないような世の中に反抗のための新しいファッションスタイルをとまでは言わないけど、好きな服を着れてない人は、自分を解放するために好きな服を着れる場所を少しでも増やした方がいい。

という訳で、買ったはいいけど、変なこと言われるのが嫌で1回も外で着てないお気に入りの服を持っていて、その服で撮影して欲しい方は是非ご一報くださーい!ダサくていい!
カメラは不思議なおもちゃで、隣にカメラを持っている人がいるとどんなに変な衣装を着ていても、周りからは変に思われませ〜ん!