ガヂヲが文

思考日記のようなものです。

311を振り返ったその視点から、さらに振り返って前向きに

毎年、3月11日になると、自分の中にあるぐちゃぐちゃした何かを整理して、アウトプットしたくなる。立派な事は言えなくてもいい、アウトプットすることが自分には大事な気がする。

「前向きに」って言葉に対して「簡単に言うな」なのかもなんだけど、とりあえず口に出さなきゃ、前に進めない気がしてしまうから、簡単に言う事にしている。前に進みたい。

 

よく「311を忘れてはならない」とか聞くけれど、3月11日に、311を振り返らなくてもいいと思う、忘れたい人は忘れていい、思い出したくない人は思い出さなくてもいいし、いつのまにか他にもいろんな問題だらけで、振り返ってる場合じゃないって思ってしまってもしょうがないと思う。
嫌な奴に思われるかもだけど、311を忘れたり、振り返らないために、義援金や、ボランティア、いろんな優しさを丸ごと忘れるのも、しょうがないんじゃないかと思う。

 

 

 


地震津波、自然災害について

伊集院静さんが
「亡くなった人の死を不運と嘆くことは、逆に彼らの生の尊厳を損なうのではないか」

「 不運ではなく、そういう生だったのだ。不運と思っては、哀し過ぎるではないか。不運と思うな。そう自分に言い聞かせて、今日まで来ている。」

って言っていて、言葉と認識に気をつけたいと思った。
自分に言い聞かせているっていうところが、はがゆいけど、まっすぐだ。
よく考えると不運じゃない死ってよく分からない。
幸運な死ってもっとよく分からない。
ちょうどいい死に方ってなんだ。
そう考えていたら、自分が地震津波で死んだとしてもまぁいいかと思えてきた。
それでもやっぱり不運っていう括りだったとしても、不運な死はよくある話だと思えてきた。
あくまで、自分が死ぬ分にはだけど。

 

 


原発問題、人災について

 

タレントの中川翔子さんがブログで「あまりにも!!放射能について見て見ぬふりしすぎている今の現状触れちゃいけないような空気自体が疑問」
「不安を見て見ぬ振りするのつかれた。。。」って投稿して一時期一部で少し騒がれた。
かわいいを売りにした有名人でこういうことを書いた人は珍しい。
そして、今年の311特集の番組に出演した。しかもNHK
詳しく見れなかったけど、このキャスティングはおそらく意図的で少し攻めてる。

YouTubeチェルノブイリについて検索しまくったら、チェルノブイリの村の10代ぐらいの女の子たちがインタビューで
「これから良くなるということをあきらめないで」
「日本の皆さんが元気でありますように」
「諦めないで進めば必ず困難は乗り越えられます」
って答えていた。カメラ構えられて、マイク向けられたらそう答えちゃうよねって感じなんだけど、信じるしかなかった。
自分たちに言い聞かせているようにも見えた。
チェルノブイリ関係で検索して唯一のギリギリ前向きな動画に出会った。

 

2012年、園子温監督が映画「希望の国」を作った。
それでも希望を描く熱意が希望だったし、よくぞ挑戦したと思った。だけど、自分の中で、より希望になったのは次に作られたコメディ映画「地獄でなぜ悪い」(2013)だ。
311にちゃんと向き合った監督がくだらない映画を撮った。しかも、めちゃくちゃ面白い。それが希望だった。
ちなみに、「希望の国」の言葉をひっくり返すと、次に作られた作品「地獄でなぜ悪い」になると思い、それは意図した事なのかっていうのを園監督に直接聞いたら、「その視点はなかった」って言われた。その時はえーーーー!!!って思ったけど、今なら素でやったっていう事が、また希望だと思ってる。


希望の国」があったから、2016年の「シンゴジラ」が企画できたし、あのクオリティでできたと決めつけてる(「シンゴジラ」は311以降の日本をモチーフにしています)。
作品に対して、否定的な意見もあるにはあるし、自分も部分的にはあるけれど、よくぞやった!と思ってる。
原発問題に触れるのはご法度みたいにされてしまっていることや、人気商売故に、有名人は思想を表明しにくい問題があるけれど、あの作品にたくさん有名人が出演して、いろんな有名人が高評価したのもいい変化だ。

 


311があった。
変化がじれったい。
けど、少しずつ変化していった。
デモが定着した。
官邸前抗議も定着した。
電力が自由化した(311以前から電力自由化に力を注いでくれた方に感謝!)。
少しずつ進んでる。

 


2016年9月。
「 NO-LIMIT東京自治区」という、雑に言うと、税金とかスポンサーとかまったくなしで、世界各国の人々が一同に東京に集まり、交流しまくるイベントがあった。
海外から約200人。
イベント数約100。
イベント会場約30。
イベント期間1週間。
そして、毎日乾杯した。

数字では表せないだろう出来事がたくさんあった。
信じにくい人もいるかもだけど、本当にやりました。

 

NO LIMIT 東京自治区 – 2016年9月11日〜2016年9月17日

 

友達のMくんのイベントの感想的な投稿に
「(省略)排外主義を煽ることで、軍需産業を活性化できるという、倫理的に最悪の経済的なメリットはある。
兵器は物を破壊し、また、自らも壊れることが前提で、なおかつ、お隣りさんが新商品に買い替えたら、必ず自分も新商品を買わざるをえない、資本主義に最適化した商品である。

排外主義を煽っていれば、隣国への憎悪が増大し、それがそのまま、需要を生み出す、というのが軍事産業で、戦争ではなく、戦争準備をキープしつづけるために、今日の排外主義は利用されているのかもしれない。
頭の固いエライ人たちが、憎悪によって需要を拡大する道しか知らないから、排外主義を意図的に拡大しているとしたら、平和と交流が金になるのを教えてやれば、彼らはあっさり考え方を変えるかもしれない。そのうえ、究極的には、金になっても仕方がないのを悟るかもしれない。
NO LIMIT 東京自治区は、今できる、そっちの方向性への最大限の努力の賜物だったと思う。
とにかく疲れたけど、とにかく楽しかった。続けよう!!」


この感想がずっと残ってて、いろんな問題のほとんどが、儲かり方を変えられれば、ある程度、解決できそうに思えた。
ちょっとズレてるんだけど、原発よりも儲かる電力の利権構造を新しく構築すれば、脱原発は早いのかも。
原発やめろ」も確かになんだけど「火力に利権を」「太陽光に利権を」って方向にエネルギーを注げたらいいのかもと思った。
環境保全が金になるシステムをいきなり作るのは難しい。
きっちり考えられてないし、思っただけで、行動してないけど、、、。

 

以前、「無差別GIVE」っていう企画をやろうとした。
冬、音楽とパフォーマンスを通して、街にいる人たちにホッカイロを無差別テロ的に配りつける企画。
戦争とか原発とか、奪いまくることにうんざりして企画した。いろいろあって中止に。中止したクセに打ち上げっぽいことをした。
反戦反核版画集団「A3BC」の企画展の会場でやったんだけど、その時に「GIVE IS THE BEST COMMUNICATION 」って版画を見せてもらって、それだー!!って思った。

義援金、ボランティア、救援物資などは素晴らしいと思います。その真逆が原発です。

コミュニケーション能力っていう言葉が嘘の言葉に見えます。

不覚にも誰が言った言葉か忘れましたが、震災当時「将来、誰かの役に立つような事をしたい人は、今すぐ誰かのためになる事をやろう」という言葉を時々思い出します。


今回のタイトルが本当に的確なのか良く分からない。
そもそも311に向き合えきれてないし、311は数日間で満足なレベルで振り返られるわけもない。

今できる範囲で、自分を少し前向きにできたかと思うので、この辺で打ち切りたいと思います。